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![]() ▲諏訪神社鳥居 |
天正元年(1573年)甲斐の武田勝頼は、父信玄の意志を引き継ぎ、駿河攻めから遠江に侵攻をはかり、徳川家康の軍勢と雌雄を決する戦いを挑んだ。 東海道を押さえ、敵の侵攻を防御する牧之原台地に堅固な『砦』を築き、天下統一の夢を実現しようと死守したが、多勢に無勢、刀折れ、矢尽きて、頼みの兵糧・援軍の来ないまま、天正三年八月、遂に落城の運命に遭遇する。 今、城跡は、国の文化財に指定され、武田流の築城遺構を随所に残す貴重な文化財であります。 空濠・大手口から乾曲輪・二の丸・三の丸・本丸・天主台地跡が確認される。一周30分ほどでめぐることができます。 |
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| ▲諏訪神社 | ▲大手郭 | ▲馬場跡 |
| 武田信玄公の守護神『タテミナカヌシノミコト』が祭られています。 | 城への出入り口があった場所です。 |
城内の馬を調教した場所です。 |
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| ▲帯郭門(おびくるわもん) | ▲二の丸跡 | ▲本丸跡 |
| 城の出入りをチェックした場所です。 |
城の副将軍のいた場所武器弾薬類の倉庫も備えていました。 | 二の丸から林の中で一段下がるところで城主のいたところです。 |
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| ▲天主台地 | ▲搦手(からめて) | ▲物見台 |
| 二層からなる木組みの櫓があり、敵の動静を伺った場所です。 | 城への食料や兵器弾薬を運び入れるための入り口です。 |
大井川を挟んだ島田市や遠く焼津市辺りまで見渡せます。 |
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| ▲カンカン井戸 | ▲水の手 | ▲三の丸跡 |
| 城兵の飲料水を確保した場所で当時のままの井戸が残っています。 | カンカン井戸より下がった谷筋にあり水の補給をした場所です。 | 武器や弾薬を貯蔵した場所で現在は一面茶畑になっています。 |
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