諏訪原城(島田市)

 


諏訪神社鳥居
 天正元年(1573年)甲斐の武田勝頼は、父信玄の意志を引き継ぎ、駿河攻めから遠江に侵攻をはかり、徳川家康の軍勢と雌雄を決する戦いを挑んだ。
 東海道を押さえ、敵の侵攻を防御する牧之原台地に堅固な『砦』を築き、天下統一の夢を実現しようと死守したが、多勢に無勢、刀折れ、矢尽きて、頼みの兵糧・援軍の来ないまま、天正三年八月、遂に落城の運命に遭遇する。
 今、城跡は、国の文化財に指定され、武田流の築城遺構を随所に残す貴重な文化財であります。
空濠・大手口から乾曲輪・二の丸・三の丸・本丸・天主台地跡が確認される。一周30分ほどでめぐることができます。
諏訪神社 大手郭 馬場跡
武田信玄公の守護神『タテミナカヌシノミコト』が祭られています。 城への出入り口があった場所です。
 
城内の馬を調教した場所です。
 
帯郭門(おびくるわもん) 二の丸跡 本丸跡
城の出入りをチェックした場所です。
 
城の副将軍のいた場所武器弾薬類の倉庫も備えていました。 二の丸から林の中で一段下がるところで城主のいたところです。
天主台地 搦手(からめて) 物見台
二層からなる木組みの櫓があり、敵の動静を伺った場所です。 城への食料や兵器弾薬を運び入れるための入り口です。
 
大井川を挟んだ島田市や遠く焼津市辺りまで見渡せます。
カンカン井戸 水の手 三の丸跡
城兵の飲料水を確保した場所で当時のままの井戸が残っています。 カンカン井戸より下がった谷筋にあり水の補給をした場所です。 武器や弾薬を貯蔵した場所で現在は一面茶畑になっています。
    

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