登呂遺跡・登呂博物館(静岡市)

 


復元住居
登呂遺跡の概要

 遺跡は昭和18年に発見され、昭和22年から同25年と40年に発掘調査が行なわれた。調査によって西暦2〜3世紀(今から約1,800年前)のころの弥生時代後期の遺跡で、12軒の家と2棟の倉庫から成る集落と、約8ヘクタールの水田との農村跡であることが明らかにされた。集落は河原に土砂の積もった自然堤防上に立地し、水田はそれより若干低い湿地帯に営まれていた。12軒の住居跡はいずれも小判型の平面をしており、周囲の土堤を築いた『平地式住居』である。上屋は4本柱で支えられ、床面には炉の跡が見つかった。2棟の倉庫は4本柱の『高床式倉庫』で、ムラの中心部に建てられていた。倉庫の出入りには梯子が用いられ、柱のつけ根にはネズミ返しがとりつけられていた。水田跡は、約250m×400mほどの広さをもち、杭や矢板によってつくられた畦畔で区切られ、約40面の田地が認められた。また、水田の西側よりには全長430mほどの水路が設けられていて、下樋形式の暗渠や、堰などの施設が発掘された。木製の容器、田下駄・鍬などの多種多様な木製品、その他の生活用具が出土している。
 遺跡はこのように、古代の農村の姿が具体的に理解されるので、昭和27年国の特別史跡に指定され、保護保存のために各種の手が加えられている。現在遺跡公園として保存されている総面積は、70,182.59平方メートルで、そのうち59,990平方メートルが特別史跡に指定されている。内訳は、水田跡面積が24,690.70平方メートルで、森林跡面積が579.95平方メートル、残りが公園分面積(居住跡・倉庫跡を含む)39,700.39平方メートルと、博物館・美術館面積5,211.55平方メートルである。


復元倉庫(高床倉庫)

住居跡

水田跡

登呂博物館展示室
    

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