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![]() ▲復元住居 |
登呂遺跡の概要 遺跡は昭和18年に発見され、昭和22年から同25年と40年に発掘調査が行なわれた。調査によって西暦2〜3世紀(今から約1,800年前)のころの弥生時代後期の遺跡で、12軒の家と2棟の倉庫から成る集落と、約8ヘクタールの水田との農村跡であることが明らかにされた。集落は河原に土砂の積もった自然堤防上に立地し、水田はそれより若干低い湿地帯に営まれていた。12軒の住居跡はいずれも小判型の平面をしており、周囲の土堤を築いた『平地式住居』である。上屋は4本柱で支えられ、床面には炉の跡が見つかった。2棟の倉庫は4本柱の『高床式倉庫』で、ムラの中心部に建てられていた。倉庫の出入りには梯子が用いられ、柱のつけ根にはネズミ返しがとりつけられていた。水田跡は、約250m×400mほどの広さをもち、杭や矢板によってつくられた畦畔で区切られ、約40面の田地が認められた。また、水田の西側よりには全長430mほどの水路が設けられていて、下樋形式の暗渠や、堰などの施設が発掘された。木製の容器、田下駄・鍬などの多種多様な木製品、その他の生活用具が出土している。 |
![]() ▲復元倉庫(高床倉庫) |
![]() ▲住居跡 |
![]() ▲水田跡 |
![]() ▲登呂博物館展示室 |
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