小泉八雲風詠の碑(焼津市)

 


小泉八雲風詠の碑
小泉八雲と焼津

 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン:1850−1904)は、明治23年4月、40歳の時日本に来ました。そして、明治30年(1897年)初めて焼津を訪れました。水泳の適地を探していた八雲は、焼津の海が気に入り、明治32年・33年・34年・35年・37年の夏のひとときを家族と共に山口乙吉宅(現在は明治村に移築されています。)で過ごしました。
 八雲は乙吉を「乙吉さ〜ま」と呼び、「神様のような仁です」とたたえ、乙吉は八雲を「先生さ〜ま」と呼び大変尊敬していました。
 焼津での八雲は、水泳が好きで当目や和田の海岸に泳ぎに行ったり浴衣に麦わら帽子、草履ばきといった姿でお寺や神社をたずねたりして過ごしていました。
 新川橋のたもとから城之腰、鰯ヶ島に至る海岸通りは「八雲通り」と愛称され、親しまれています。
八雲が、焼津を題材とした作品には「焼津にて」「漂流」「海辺」等があります。


小泉八雲記念碑

八雲滞在の家跡

八雲滞在の家のあった浜通り
焼津駅前にあり、焼津の海と人々を愛した八雲を敬い建立された記念碑です。
八雲が滞在していた家は、現在、明治村に移築されてここにはありませんが、NTT支局近くにあるその跡には記念碑が建てられています。
  

小泉八雲 年譜

1850年6月27日 ギリシャに生まれる。
1869年 渡米後新聞記者となる。
1885年より2ヶ年 西インド諸島を旅行する。
1890年4月 日本に来て島根県松江中学校の英語教師となる。
1891年11月 熊本県熊本第五高等学校に転勤。
1896年 東京帝国大学文学部講師となる。
1897年8月 初めて焼津に来て山口乙吉方に滞在
1899年8月 来焼乙吉方に一ヶ月滞在
1900年8月 来焼乙吉方滞在
1901年8月 来焼乙吉方滞在
1902年7月 来焼二ヶ月乙吉方滞在
1904年8月 来焼一ヶ月乙吉方滞在
1904年9月26日 逝去(享年54歳)
    

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